吉野もも Momo Yoshino

余白の深淵

2023.9.15 〜 2023.10.9

このたびOIL by 美術手帖ギャラリーでは、吉野もも「余白の深淵」展を開催します。

吉野ももは1988年東京都生まれ。2012年に多摩美術大学を卒業後、2015年に東京藝術大学大学院油画専攻を修了。現在は埼玉を拠点に活動しています。「空間との関係性を探りながら、絵画を拡張したい」と話す吉野は、西洋の線遠近法と東洋の空気遠近法を融合した、オプ・アートを彷彿とさせる作品を発表。折り紙をモチーフに、実際にそこに凹凸があるかのように描いた「Kamiシリーズ」や、90mを超える巨大な路面ペインティングなど、鑑賞者を作品自体の中に取り込む特異な作風を特徴としてきました。

吉野自身は子供の頃から、図鑑などのリアルな絵や、マウリッツ・コルネリス・エッシャーのだまし絵、襖絵など日本的な文化のなかにある独特な空間性に魅了され、さまざまな影響を受けてきたと語ります。

吉野は、モノとの関係性を探る作品を通して、⽇常に⻲裂を⼊れるかのような新たな異空間の創出を⽬指しています。自身が収集した襖、陶器、めんこなど、日常の中に潜む古き良きモノを素材に用い、それぞれの図柄に、遠近法の奥行きを加えることで表出する余白のおもしろみに着目した新作を発表します。吉野のつくり出す余白のなかに身を置くように、ぜひ会場で作品の生み出す空気を感じてください。

 

■アーティストステートメント

奥行きを描くことの目的は、絵画を拡張すること。絵の中に空間をつくることで、絵画の外側、例えばその作品がかかっている壁と関係が生まれて、その壁も作品になる。見えない絵の一部のつぶのようなものが画面から飛び出し、展示室に漂い、空間に拡張して、観る者をも巻き込んでいく、そんなイメージだ。フレームの内側を描きながら、外側まで作品が存在している空気感をつくる。

かつて描かれた絵も、何も無いように見える余白にこそ、何か在るかもしれない。墨の濃淡で描く空気遠近法に、西洋で発達した線遠近法を掛け合わせてみる。元の絵の余白だった部分を前面に押し出し、地と図を反転させている。モノに宿る記憶と対話しながら、新しい異空間を生み出す。

吉野もも

 

■販売について

本展出品作品は、会場および、アートのオンラインマーケットプレイス「OIL by 美術⼿帖」にて販売します。

オンライン販売開始|9月16日(土)16:00〜

販売URL|https://oil.bijutsutecho.com/gallery/733

※作品はプレセールスの状況により展覧会会期開始前に販売を終了させていただくことがあります。

※オンライン公開は、会場販売開始後となるため、公開時点で売り切れの場合がございます。予めご了承ください。

 

■展示概要

吉野もも「余白の深淵」

会場|OIL by 美術手帖ギャラリー

会期|2023年9月15日(金)〜10月9日(月)※会期中無休

開場時間|11:00〜21:00

入場|無料

主催|OIL by 美術手帖

お問い合わせ| oil_gallery@ccc.co.jp

 


  • ARTIST INTERVIEW|吉野もも

鑑賞者を不思議な絵画体験へと誘う吉野もも。本展開催にあたって、作品のルーツや制作背景について聞いた。

 

──今回の展覧会のテーマについて教えてください。

 

吉野もも(以下、吉野) 普段から視覚的な仕掛けを用いた制作をしていますが、ルネサンス期に理論化された西洋の線遠近法と、日本を含む東洋の空気遠近法をミックスしてみたらどうなるか、というのが発端になっています。今回は、様々な古いモノを用いて、そのモノに元々ある模様や絵柄を利用しながら新しく異空間をつくっています。襖、陶器、めんこは、元の絵の余白だった部分を表面に残し、図柄があった部分に奥行きを書き加え、地と図を反転させました。描かれていない部分にこそ何かあるのではないかと、余白に宿る味わいというか、深みに焦点を当てています。はがきは、それ自体が移動して行くものなので、別の場所と接続できるような、意識を遠くに飛ばす装置となる作品です。

 

──吉野さんの作品は、オプ・アート的な技法によって空間全体を取り込む作品表現が特徴ですが、この主題に行き着いたきっかけや、コンセプトを教えてください。

 

吉野 空間との関係性を探りながら、絵画を拡張したい、と考えています。絵の中に奥行きをつくることで、絵画の外側、例えばその作品がかかっている壁と関係が生まれて、その壁も作品になります。見えない絵の一部のつぶのようなものが画面から飛び出して、展示室に漂い、空間に拡張していく、というイメージです。そして鑑賞者をも巻き込むような作品にしたいと思っています。

きっかけはいくつかあるのですが、子供の頃から、図鑑にある果物などの写実的な絵がとても好きで、それを描く人になりたいと思っていました。中学生くらいの時、美術の先生に聞いたところ、あれはイラストレーターが単発で受ける仕事で、あまりお金にならないよと言われてあっさり諦めてしまったのですが、ものすごくリアルな絵というものに強い憧れがありました。

それから、美術予備校で浪人時代、スランプに陥った時期でのことです。「りんごを描け」という課題が出て、写実的に描くだけでは他に上手い人はたくさんいるしどうしようかと考えあぐねた結果、りんごの皮を半分くらい剥いて、皮がくるくる向こう側にスパイラルして、もう一つのりんごに繋がっている、というような絵を描きました。この作品は自身にとってブレイクスルーとなり、絵に何かひとつ仕掛けを入れようと考えたきっかけとなったできごとです。

 

──作品の制作方法を教えてください。

 

吉野 今回の作品に関してですと、まず素材集めから始めます。リサイクルショップやネット、骨董市、お世話になっている大工さんにご協力をいただくなどして集めました。以前から、どういう作品になるかは分からないけれど、使えそうなモノを少しずつ収集していました。

モノを目の前にして、元々ある絵柄をどう残すかよく見ながら、仮の下絵として何パターンか描いてみます。消失点を調整したり、色を検討したりします。その中で、良い方法を選び、実制作に入ります。素材によっても描き方が変わるので、実践で試しながら制作しました。

 

──「Kamiシリーズ」としてパネルなど一般的な支持体に描いた作品と、路上やビルなどミューラルの作品も制作されています。また、今回は古い器や印刷物にも描いています。主題は一貫していながら、様々な表現へのチャレンジが吉野さんの強みだと思いますが、どのようにその枠を広げていっているのでしょうか?

 

吉野 「絵画を拡張する」というコンセプトの元、学生の頃よりさまざまに展開してきました。一番最初は、キャンバス布に丸い穴を描いたような作品でした。その後、床のタイルに合わせて穴があいているように描いたものだったり、形をさまざまに変えて展開していきました。周りの環境と干渉し合うようにすると、絵画とその周りの空間の関係性が深くなり、より「絵画を拡張」できるのではないか、という思いでした。壁画は、大きくなればなるほど、鑑賞者を巻き込める、身体性を伴う作品にできると考えたためです。ただ、壁画の制作まで行き着いた時に、これ以上の発展は物理的な大きさしかないことに限界を感じました。ちょうどその頃、大学院生だったのですが、古美術研究旅行で京都や奈良に赴いたことと、イギリスのロンドンに交換留学したことで、日本的な空間性というものに興味が出てきました。それまでは絵画と空間の関係性を、いわば物理的に展開させるやり方だったのに対し、ここで、では空間とは何か?という、意義を思考し掘り下げていきたいと考えるようになりました。

それで生まれたのが折り紙をモチーフにした「Kamiシリーズ」です。(これについては後の質問で後述します)

今回の器や印刷物も、興味としてはそれに近いところがあります。古いモノには、文化が染み込んでいるというか、時間と記憶を内包していて、それ自体に魅力があります。そのモノと対話しながら、絵を加えて、なにか新しい異空間が生まれたらいいなと思い制作しました。

 

──今回の展覧会にあたって、作品や制作方法で新たに挑戦したことはありますか?

 

吉野 陶器は素材として初めて使用しました。「余白の深淵 – 皿1」「皿2」は、アクリル絵の具で描いているのですが、途中で家庭用オーブンで焼き付けできる陶器用絵の具があると知り、「皿3」はそれを使用しています。組成はアクリル系絵の具なのですが、通常のアクリル絵の具よりもかなり粘り気があり、コツを掴むのに時間がかかりました。

 

──今回の展覧会を準備するなかで、発見や新たな気づき、心境の変化などはありましたか?

 

吉野 元の絵の形を利用して作品にしますが、自分でも予想していなかった、元の絵とかなり違う空間が現れてくるので、それは面白いです。そのモノ自体が全く意図していなかったであろう形で、けど無意識で生まれたものとも違って、元があるから出てきたもので。他の「Kamiシリーズ」では、完成形が決まっていて、それに向かって制作するものなので、今回は制作中に違った発見があります。

個人的には、昨年出産してから初めての個展なので、ライフスタイルの変化に戸惑いはありました。制作時間の捻出に苦労した時期もありましたが、命を育てることの喜びは大きく、おおらかな気持ちで、制作に対しても角がとれて丸くなったような気がします。

 

──制作をするうえでのインスピレーション源はなんですか?

 

吉野 今回の制作では、いろんなモノを集めてきて、それを元に何か描いてみることです。

いろいろな展覧会を見たり、さまざまな場所を訪れることも、良い刺激になります。

 

──自身の作品を、鑑賞者にはどのようにとらえてほしいと思いますか?

 

吉野 変な感覚になるとか、観る方の五感を刺激できると、身体性を伴う作品になったなと思えます。単純に楽しんでいただけたら嬉しいです。

 

──吉野さんがこれまでに影響を受けた作家や作品、文化はありますか?どのような影響を受けましたか?

 

吉野 小さい頃は、暇ができるとセーラームーンのぬりえを延々と塗っていました。図鑑の果物などのリアルな絵も強い憧れがあります。それから、高校生の時に友人と見に行ったのがMCエッシャーの展覧会でした。おそらく初めて自らの意思で行ったもので、最近まで自覚がなかったのですが、影響を受けているのだと思います。大学時代は野田裕示氏、吉澤美香氏、開発好明氏に師事し、すでに視覚的な手法での制作をしていたのですが、いけいけどんどんと背中を押していただいたことも、今に繋がっています。好きな作家はアニッシュ・カプーアです。

 

──折り紙などの日本的な感性を作品に用いているのは、どのような理由ですか?

 

吉野 大学院時代の古美術研究旅行と、ロンドンへの交換留学がきっかけです。名古屋城で見た襖絵では、四面絵に取り囲まれ、空間丸ごとひとつの情景が出来上がっていました。それは私がずっと目指してきた「絵画の拡張」であり、何百年も前からつくられていることに感銘を受けました。古いお寺や仏教美術も、きちんと見てみると素晴らしかったです。その後ロンドンへ赴き、レンガや石で出来ている街並みを見て、明らかに日本の建物と違うな、と感じました。よく考えてみると、どーんと固く守るヨーロッパの建造物に対して、元々地震の多い日本では、木造が多く、建物は揺れに合わせて少し動くように柔軟性がある、と気づきました。そしてそれは文化的にもあらゆる面で共通していて、例えば和室の使い方も、ちゃぶ台を置けばリビングルームになり、布団を敷けばベッドルームにというように用途を変えることができます。折り紙も、元はただの四角い紙が、さまざまな形に折り込み変容するという点で、この空間的柔軟性がよく表れていると考え、モチーフにすることにしました。

また、留学先のロイヤルアカデミースクールでは様々な国の学生がいて、それぞれが自身のルーツについて思考し制作に繋げていたことにも影響を受けましたし、アジアの学生が一人もいなかったこともあって、自分が日本出身であることを強く意識することになりました。月並みではありますが、外に出て改めて日本を俯瞰して見れたことは大きかったです。

 

──今後の目標や夢を教えてください。

 

吉野 もっとより良い作品を目指して精進したいです。そして美術館に作品が収蔵されること、海外でも活躍する作家になるのが目標です。

Artist Profile

吉野もも Momo Yoshino

1988年東京生まれ。2012年多摩美術大学絵画学科油画専攻卒業、2015年東京藝術大学大学院油画専攻修了。視覚的なしかけを利用し、絵画と空間の関係性を探求する。変形パネル上に折紙の凹凸がそこに在るかのように描いたシリーズや、実際の構造物に奥行きを描画し、周りの環境と干渉し合う作品を制作。近年の主な展示に、18年 個展「being」rin art association、20年「天王洲アートフェスティバル」、22年 個展「Make It Simple」三越コンテンポラリーギャラリー、「Encounters in Parallel」ANB Tokyoなど。また、2020年に高崎と天王洲にそれぞれ壁画を制作、現在も見ることができる。2021年にはTOKYO TORCH Parkにて奥行き92.5mの巨大な路面ペインティングを制作した。今回の個展では、モノとの関係性を探る新作を発表。既存の絵に奥行きを与え、新たな異空間を創出する。

EVENT

オープニングレセプション|9月16日(土)17:00〜19:00
※予約不要、入場無料